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WANDER×WONDER

池袋の暗渠を歩く!皆川典久さんとたどる谷端川・水窪川|ツアーレポート

6 時間前
読了時間: 7分

2026年9月23日(水)、WANDER×WONDERのまち歩きで、東京スリバチ学会会長・皆川典久さんと池袋の川跡をたどりました。JR板橋駅を出発し、谷端川と水窪川の跡を軸に、かつての池袋村の高台から池袋駅東口の繁華街へと向かいます。

川や水路を地下に収めた「暗渠(あんきょ)」を、地上から探すまち歩きです。水面が見えなくても、道の曲がり方や高低差、川をまたぐ鉄橋が手がかりになります。今回は子どもたちも参加し、皆川さんへの答えや質問から、次々と話が広がっていきました。

千川上水跡を歩く。高台に用水があった理由

板橋駅から歩き始めると、道は少しずつ上り坂に。尾根筋にあたる高いところまで来ると、皆川さんから子どもたちにクイズが出されました。

「こういう高いところに昔からあったものって何か想像できる?」

用水、と答えが返ると、皆川さんもびっくり。

「お!すごい!いきなり正解!」

千川上水の流路跡で参加者に解説する皆川典久さん

高台の道で、千川上水の跡と地形の関係を教えてもらいます。

ここは、千川上水の流路跡。皆川さんが「千川用水」と呼んで説明してくれた、玉川上水から水を分けた人工の水路です。今は道になっていますが、少しくねくねと曲がりながら続いています。

高いところを通せば、いろいろな場所に水を配りやすいのだそう。用水が尾根筋を通る理由を聞いてから見ると、道の高さにも意味があることが分かります。

道の曲がり方や周囲との高さを見比べながら進み、近藤勇の供養塔にも立ち寄ります。新選組の話を聞いて手を合わせたら、今度は谷端川の跡へ。

谷端川の暗渠と、下板橋駅そばに残る鉄橋

高台の用水跡から、今度は谷端川の川跡へ。池袋本町では、かつての流路の一部が谷端川北緑道となり、下板橋駅前の自転車置場まで続いています。当日歩いた川跡でも、緑道や駐輪場、道の脇に残る高低差を確かめました。

谷端川の跡に整備された緑道を歩くツアー参加者

川の跡をたどって、緑道を歩きます。

途中で話題になったのは、大雨のときに起こる内水氾濫。地面の下に水が集まり、排水しきれなくなる仕組みを、川跡を歩きながら教えてもらいました。マンホールの穴にも、雨水や空気を通す役割があるのだとか。足元にあるものが、そのまま教材になっていきます。

下板橋駅の近くでは、皆川さんが線路を指しました。注目するのは、川をまたいでいた鉄橋です。

「川跡とぜひ電車を撮ってください」

ここで、電車がやってくるのを待ちながら写真を撮ることに。先頭車両をうまく入れるには、どこで構えればよいのでしょうか。皆川さんの声に合わせて、線路の両側にも目を向けます。

下板橋駅近くの谷端川跡に残る鉄橋と駐輪場

川が見えなくなっても、線路の下には鉄橋が残っていました。

川そのものが見えなくなっても、鉄道が川を越えた場所は残っている。そんなことを確かめられる寄り道でした。

池袋本町の氷川神社で、「池袋」の地名を考える

谷端川の跡から坂を上り、池袋本町の氷川神社へ。境内ではお参りのあと、富士塚も見学しました。富士山に登ったのと同じご利益があるとされる、小さな富士山です。この日は入口が閉じられていましたが、登山道には合目の表示もあると教えてもらいました。

池袋本町の氷川神社の社殿前に立つ皆川典久さんとツアー参加者

池袋本町の氷川神社に立ち寄ります。

ここで、皆川さんの話は「池袋」という地名へ。

かつての池袋村は、この高台にあり、そのまわりを谷端川が回り込むように流れていたそう。皆川さんは、川に袋状に囲まれた土地の形と、「池袋」という名前を結びつけて説明してくれました。地名の由来には諸説ありますが、歩いてきた低い道と、今いる高台を思い浮かべると、その見立てがぐっと身近になります。

神社を出ると、川越街道沿いの古い街並みを眺めながら、次の谷へ。向かうのは「雲雀ヶ谷戸」と呼ばれる場所です。

学校のそばを通り、低いところをたどっていくと、線路によって道が途切れる場所も。そのたびに回り込み、反対側で川跡の続きを探します。池袋の駅に近づいてきても、まだまだ谷を上ったり下りたりする道のりが続きました。

上池袋の暗渠へ。子どもたちを先頭に川跡探し

雲雀ヶ谷戸の川跡をたどったあと、池袋六つ又交差点のあたりを経て、鎌倉街道と教えてもらった道を進みます。次に向かったのは、上池袋に残る別の小さな川跡でした。

ここでたどるのは、建物の間を曲がりながら続く細い暗渠の道です。マンホールが多いこと、護岸の石が残っていること、周囲より一段低いこと。皆川さんが、川跡を見つける手がかりを挙げてくれます。周りの建物が裏側を向けていることにも注目です。

上池袋の建物の間に続く細い暗渠の道を歩く参加者

建物の間に続く細い道。道の曲がり方にも注目です。

写真を撮る子どもたちに、皆川さんが先頭を歩くよう勧めました。

小さな携帯に収まっていくのは、曲がった道や古い護岸。ずいぶん渋い写真が集まりそうですね。途中では猫にも出合い、立ち止まりながら源流をめざします。

源流として案内されたのは、再び線路の切り通しに突き当たるあたり。ここで、川跡をたどる道も行き止まりです。

「全ての川の始まりがドラマチックなわけじゃないんですよ」

あっけなく終わる物語もある、と皆川さん。川跡を追いかけてきた先で、そんな話まで聞けるのも、このまち歩きの面白いところです。

イケ・サンパークから、水窪川の路地へ

陸橋では、子どもが見つけたリベットから、橋の部品の話にも。歩いている途中の発見が、そのまま皆川さんへの質問になっていきます。

イケ・サンパークではひと休み。旧造幣局東京支局の跡地に整備された公園です。この日は催しも開かれていましたが、あいにく雨がぱらついていました。

休憩後は、水窪川の谷へ。途中で、石積みのモニュメントと昔の写真に足を止めました。このモニュメントは、巣鴨プリズン時代の排水口の一部を保存したもの。皆川さんは、写真に写る石垣や排水口と、水窪川の位置関係を説明してくれました。

川跡へ下りたところで、排水口があった場所も確かめました。

「何気ない路地が、確かに川跡って言われればそんな感じですよね」

細い道が続く水窪川沿い。少し川筋からそれて、入り組んだ路地にも入っていきます。途中では都電荒川線の電車もやってきました。古い家の残る一帯には、水窪川の名前を刻んだ碑もありました。

再開発で川の跡が分かりにくくなった場所では、皆川さんが周囲の坂道を手がかりに谷底を示してくれます。目立つものがなくても、道の先が上っているか、下っているか。そんな見方で、また川の続きを探しました。

水窪川をさかのぼり、美久仁小路の飲み屋街へ

水窪川をさかのぼり、池袋駅に近づくと、街はいっそうにぎやかに。最後に源流として案内されたのは、飲食店が集まる「美久仁小路」の一帯でした。

小さな飲食店の看板が並ぶ池袋の美久仁小路

小さなお店が並ぶ美久仁小路へ。まち歩きも終盤です。

皆川さんの説明では、このあたりはかつて湿地で、戦後、池袋駅のまわりにあった闇市が移されてきた場所なのだそう。

路地に掲げられた昔の写真も見ながら、小さな店の並ぶ道を歩きます。戦後の商いの話を聞きつつ、足元を見ると、このあたりも周囲より少しくぼんでいるのだそう。飲み屋街の成り立ちと、川が生まれた土地の話がつながりました。

Hareza池袋で、最後は建築の話も

近くの路地もたどり、最後は旧豊島区役所のあった一帯、Hareza(ハレザ)池袋へ。劇場やとしま区民センター、中池袋公園などが集まるエリアです。

霧雨をしのげる軒下で、今度は新しい街並みのデザインについてお話を聞きます。建物の足元でそろえた意匠や、広場を囲む建物の見せ方。一級建築士でもある皆川さんならではの解説で、ツアーの締めくくりとなりました。

最後は、子どもたちを真ん中に集合写真を一枚。

高台から谷へ、線路を越えて、また次の川跡へ。歩いて確かめるたびに、池袋の街と川の位置関係が少しずつつながっていくツアーでした。

皆川さんとのまち歩きは、赤坂のスリバチ散歩や日比谷の建築散歩もレポートしています。

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