なぜ日比谷に名建築が集まる? 皆川典久さんと歩く「31メートル」の街|2026年8月15日(土)〖日比谷〗ツアーレポート
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日比谷交差点で、皆川典久さんが最初に指したのは、東京ミッドタウン日比谷の高い塔ではなく、その足元でした。
言われて見上げると、建てられた時代も大きさも異なる建物に、地上31メートル程度の軒線が連なって見えました。この日の街歩きは、その線を確かめるところから。

2026年8月15日(土)、WANDER×WONDERの「〖日比谷〗皆川さんと行く!なぜこの街に名建築が集まるのか?日比谷ナイトツアー」が開かれました。案内してくださったのは、東京スリバチ学会会長で一級建築士の皆川さん。東京ミッドタウン日比谷について「私も設計にちょっと関わった」と話す皆川さんと、日比谷交差点から有楽町まで、建築と地形を一緒に見て歩きました。
高層ビルの足元に、31メートルの線
皆川さんによると、31メートルはおよそ100尺。かつての高さ制限でできた軒の線を、現在の超高層ビルも低層部で受け継いでいます。
「そういう古い建物と新しい建物も景観的に揃えるように、31メーターラインというのを大切にしてるんですね」
続いて皆川さんが話したのは、足元にあった「日比谷の入江」です。現在の日比谷公園一帯は、かつて入江の一部でした。江戸初期に埋め立てられて武家地となり、明治の練兵場を経て、1903年に公園が開かれています。
私たちは日比谷公園へ入ります。
園内の日比谷見附跡には、江戸城外郭の日比谷見附を構成した石垣が残っています。石垣の前で、皆川さんから問いがありました。
「自分たちは今、江戸城に入ったのか出たのか」

目の前の心字池は、石垣の周囲にあった濠の一部を残したものです。問いを聞いたあとでは、公園の池が江戸城の堀として見えてきました。
公園から東京ミッドタウン日比谷を見上げると、低層部の緑が階段状に建物へ入り込んでいました。配付資料には、全体コンセプトとして「Park Side」から「In the Park」へ、とあります。日比谷公園の緑を建物へ取り込むイメージなのだそうです。
日生劇場で見つけた、丸い泥除けマット
日生劇場の設計は村野藤吾。ホールは大きな窓をあまり必要としません。それでも街に対して閉じた建物にしないための工夫を、皆川さんは外観から説明しました。
ホールの天井を飾るのは、二万枚ともいわれるアコヤ貝の貝殻です。皆川さんは、「ペタペタ貼って」「キラキラと輝かせてる」と話しました。
入口で皆川さんが足を止めたのは、丸い泥除けマットでした。
「泥除けマットが丸くて、なかなかちょっと可愛いですよね。普通、泥除けマットって四角くするのが当たり前なんですけれども、あえてスポットライトが当たってるようなイメージにしたんだと思います」

外観だけを見る予定でしたが、この日は入口の内側にも少し入れることになりました。床のモザイクタイルから、アルミ材を使った天井、手すり、照明へ。目を向ける先が次々に変わりました。
皆川さんによると、階段は「一品生産なんで建築家の腕の見せどころ」。外へ出ると、次に確かめたのは、外壁を流れた雨を受ける細い溝でした。

夕暮れの屋上庭園で、もう一度31メートル
東京ミッドタウン日比谷の地下通路には、旧三信ビルの部材の一部が再利用されています。皆川さんは手すり付近の彫刻を指して、旧ビルから移されたものだと説明しました。外観の石張りやアーケードを思わせる通路にも、旧三信ビルの意匠が引き継がれています。
エスカレーターを乗り継ぎ、6階のパークビューガーデンへ出ました。日が落ち始め、向かいのビルにも少しずつ明かりがつく時間でした。日比谷公園の木々、その先の皇居外苑方面まで見渡せました。

ここで皆川さんの話は、もう一度31メートルの線へ戻ります。
「まあ31メーターぐらいが落ち着いて、風景としてはいいですよね。……緑も見えるし、街の喧騒もちょっと感じられるしっていうのでね」
壁面緑化にも足を止めました。灌水装置を備えていますが、この日は緑が一部枯れていました。「やっぱりなかなかうまくいかないですね」と皆川さん。

日比谷マリンビルで見つけた、目立たない細部
東京ミッドタウン日比谷を出ると、皆川さんは日比谷マリンビルで長く足を止めました。建物の角をえぐったような吹き抜け、階段、石の手すり、雨水を排水へ導く溝。

皆川さんは「個人的にすごく好き」と話し、こう続けました。
「今だったらこんな設計できないですよね」
日比谷マリンビルを出て、有楽町のガード下へ。東京ミッドタウン日比谷の中にも、横丁や路地を意識した一角がつくられていると、皆川さんは説明しました。それを見たあと、煙の立つ店先を前にして、皆川さんが言いました。「じゃあ、いぶされに行きましょう」。私たちはガード下へ入りました。

「新しく作ってもね、昔ながらの路地の雰囲気っていうのは出せない」
外濠を渡って、有楽町マリオンへ
ガード下を抜けると、東京高速道路、通称KK線が見えてきます。旧外濠・汐留川・京橋川の一部を埋め立てて築かれ、2025年4月5日に廃止されました。現在は、歩行者中心の「Tokyo Sky Corridor」への再生計画が進められています。
配付資料には、東京都の計画とは別に、皆川さん個人の提案として、外濠に水を戻すスケッチも載っていました。
「外堀があったんだから、外堀を復活しちゃえと」
Ginza Sony Parkに着くと、「ちょっと、せっかくなんで、昔のビルを味わいながら行きましょうか」と皆川さん。地下には、旧ソニービルの躯体の一部や青いタイル壁が残っています。皆川さんは、床や外壁にも旧ビルの痕跡があると説明しました。

数寄屋橋の跡では、皆川さんの説明をたどれば、私たちは再び外濠の境界を越えたことになります。
「そういう江戸を下敷きにこういう街があるというので、これ自体が非常に面白いことなのかなと思います」
皆川さんの説明を受けて見ると、外濠跡を境に、大きな街区の日比谷側から、江戸期の町割りの名残をもつ細かな街並みへ景色が変わりました。
最後は有楽町マリオンへ。皆川さんは、一つの空間に二つの独立した階段を収める「二重螺旋」だと説明しました。売り場では階段を目立たせにくくしながら、二つの避難経路を確保する工夫だそうです。

「プロから見ても上手いなというふうには思います」
二つの階段が交わらずに収まる仕組みをみんなで覗き込みました。銀色の縦材の下で、約2時間のツアーは終了です。
名建築を一棟ずつ見ていたはずが、帰りには、建物の足元を横につなぐ31メートルの線や、公園と外濠跡を含む街の形のほうが気になっていました。
取材日:2026年8月15日(土)
ガイド:皆川典久さん(東京スリバチ学会会長・一級建築士)
主なルート:日比谷交差点―日比谷公園―日生劇場―東京ミッドタウン日比谷―日比谷マリンビル―有楽町ガード下―KK線―Ginza Sony Park―数寄屋橋―有楽町マリオン




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