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WANDER×WONDER

【鎌倉街道】用賀から大山道旧道をたどり、世田谷城を攻めろ!最後は招き猫の豪徳寺へ

東京都世田谷区

2026年 11月14日 (土)

22:30

1:30

Route

【距離:約4.5km】
用賀駅→旧大山道→瑜伽山真福寺→道標兼地蔵尊→江戸時代の旅人像→世田谷代官屋敷→世田谷城址公園→豪徳寺→世田谷八幡宮→豪徳寺駅

参加料

3,500

円(税込)

世田谷の住宅街に、中世の城下町が眠っている。
室町時代から戦国時代にかけて、世田谷を治めたのは世田谷吉良氏。その居城・世田谷城の周辺は、城下町であり、宿場町でもあったといいます。
城や宿場に欠かせないのが街道。二子玉川から用賀を抜け、世田谷城へ向かったと考えられる古道は、中世の鎌倉街道。江戸時代前期には大山道としてにぎわいました。現在の国道246号の前身である大山道、そのさらに前身ともいえる道です。
案内するのは、『古地図と地形図で発見! 鎌倉街道伝承を歩く』の著者・荻窪圭さん。荻窪さんの視点にかかれば、江戸時代なんて「つい最近」。用賀から「鎌倉街道にして大山道旧道」をたどり、世田谷城を攻めます。
用賀駅を出発し、瑜伽山真福寺、道標を兼ねた地蔵尊、江戸時代の旅人像へ。古地図と現在の街並みを見比べながら、住宅街に残る古道筋を追いかけます。
道の曲がり、寺社や石造物の位置、周囲との高低差。何気なく通り過ぎていた風景が、かつて人や馬が行き交った街道を読み解く手がかりに変わっていきます。
古道の先で訪ねるのは、世田谷代官屋敷。江戸時代、彦根藩世田谷領の代官を代々務めた大場家の役宅です。吉良氏が治めた中世の世田谷から、井伊家の領地となった江戸時代へ。一本の古道を軸に、世田谷を治めた人々と時代の移り変わりを見ていきます。
そして、いよいよ世田谷城を攻める!
現在の世田谷城阯公園に残るのは、天守や石垣ではなく、土塁や谷、複雑な起伏。中世の城は地形をどのように生かし、敵の侵入をどう防いだのか。荻窪さんと足元を読みながら、住宅街の中に眠る世田谷城の姿を想像します。
城攻めのあとは、城址のすぐ隣にある豪徳寺へ。世田谷が彦根藩井伊家の所領となると、豪徳寺は井伊家の江戸菩提寺として整えられ、境内には井伊直孝や井伊直弼をはじめ、歴代藩主らの墓所が残されています。
そして締めは、境内にずらりと並ぶ招福猫児。井伊直孝を寺へ招いた猫の伝説は、彦根市の人気キャラクター「ひこにゃん」にもつながっています。
豪徳寺を訪ねたあとは、世田谷八幡宮を経て豪徳寺駅へ。
鎌倉街道、大山道、城下町、代官屋敷、世田谷城、井伊家、そして招き猫。用賀から世田谷へ、今の住宅街に重なる中世と江戸の記憶を、古地図と地形から読み解く古道ツアーです。

集合場所

定員

東急田園都市線「用賀駅」改札口前

20名

Guide

荻窪圭

荻窪圭

IT・カメラ系ライターにして古道・古地図愛好家。史跡を点ではなく線でたどる「古道散歩」を提唱して各種街歩きのガイドを行うほか「道との遭遇」(CBCテレビ)に古道マニアとして出演中。主な著書に「東京『多叉路』散歩」(淡交社)、「古地図と地形図で発見! 鎌倉街道伝承を歩く」(山川出版社)、「古地図で訪ねるあの頃の東京」(実業之日本社)など多数。

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