
【鎌倉街道】なぜ甲州街道に「鎌倉街道入口」!?上北沢から東京のへそ・大宮八幡宮へ
東京都世田谷区
2026年 10月10日 (土)
22:30
~
1:30
Route
【距離:約4.5km】上北沢駅(集合)→甲州街道一里塚跡→庚申堂→塚山公園→鎌倉橋→理性寺→大宮八幡宮南参道→大宮八幡宮→大宮遺跡→大宮八幡宮一の鳥居→鞍掛の松→旧大宮寺宝篋印塔→方南町駅(解散)
参加料
3,500
円(税込)
上北沢駅近く、車が行き交う甲州街道に、「鎌倉街道入口」という交差点があります。
鎌倉は、ここからはるか南。
なぜ甲州街道に、鎌倉街道の入口があるのでしょうか。
「なぜこんなところに鎌倉街道があるのか」
この疑問が、『古地図と地形図で発見! 鎌倉街道伝承を歩く』の著者・荻窪圭さんが、古道にハマるきっかけでした。
上北沢から大宮八幡宮、そして方南町へ、住宅街に残る古道筋をたどります。
鎌倉街道、というと「いざ鎌倉」の道。
各地の御家人が鎌倉へ馳せ参じる街道を思い浮かべます。
ところが、江戸時代の地誌をみると、都内には無数の鎌倉街道伝承が現れます。
鎌倉へ直接向かう道だけでなく、最終的に鎌倉街道へ通じる支道や連絡道まで含めて、鎌倉街道伝承が生まれたといっていいでしょう。
だから東京には、「こんなところにも鎌倉街道が!」という道がいくつも残っているのです。
上北沢駅を出発し、甲州道中一里塚跡を確かめ、「鎌倉街道入口」へ。
ここが、荻窪さんの言葉でいえば、今回の“本当のスタート地点”です。
ここから庚申堂を経て、住宅街を北へ。
塚山公園で、道は大きくカーブします。なぜ、まっすぐ進まないのか。
神田川へ下る地形と道の曲がりを重ねると、急な斜面を避けるように延びる古道筋が見えてきます。
その先に架かるのが、神田川の「鎌倉橋」。
江戸時代の地誌『武蔵名勝図会』には、この道が大宮八幡の大門通りを過ぎ、中野村追分を経て、板橋へ向かったと記されています。
鎌倉橋を渡ったあとも、現在の「鎌倉通り」をそのまま北上するわけではありません。
明治期の地図に描かれた、崖下のわずかな高まりを通る古道筋へ。
古地図と地形を手がかりに、大宮八幡宮を目指します。
大宮八幡宮は、荻窪さんいわく「古い道が集まる、古道の交差点みたいな場所」。
ここでは、2本の鎌倉街道が合流します。
現在は「東京のへそ」と呼ばれ、源頼義・義家ゆかりの伝承が残る大宮八幡宮。
さらに、旧境内地にあたる大宮遺跡には、東京23区内で初めて発見された弥生時代後期の方形周溝墓が保存されています。
鎌倉街道を歩いてきたはずが、土地の記憶は平安時代を越え、弥生時代まで一気にさかのぼります。
参拝後は、江戸時代に「大門通り」と呼ばれた表参道を、そのまま東へ。
一の鳥居、鞍掛けの松、旧大宮寺宝篋印塔を訪ねながら、方南町駅を目指します。
交差点の名、橋の名、道のカーブ、古地図、石造物。
何気ない住宅街の道も、古地図と伝承を重ねると、まったく違って見えてきます。
上北沢から大宮八幡宮、そして方南町へ。「こんなところにも鎌倉街道が!」を、荻窪さんと歩いて確かめる古道ツアーです。
集合場所
定員
京王線「上北沢駅」改札口前
20名
Guide



荻窪圭
IT・カメラ系ライターにして古道・古地図愛好家。史跡を点ではなく線でたどる「古道散歩」を提唱して各種街歩きのガイドを行うほか「道との遭遇」(CBCテレビ)に古道マニアとして出演中。主な著書に「東京『多叉路』散歩」(淡交社)、「古地図と地形図で発見! 鎌倉街道伝承を歩く」(山川出版社)、「古地図で訪ねるあの頃の東京」(実業之日本社)など多数。












